心を自由にするドラマセラピー

日本でドラマセラピーを教えるというプログラムを準備しながら、
私が今までやってきたドラマセラピーの流れを少しずつご紹介していきたいと思います。

今回から3回か渡って、今から16年前、私が初めて担当したクライエントさんとのセッションのお話をしたいと思います。
彼女とのセッションは、私にとっては、宝物であり、今でも時々彼女のことを思い出します。
彼女は元アーティストだったので、アートを使いながら、彼女をドラマの世界へと連れ出す形で、セッションは展開していきました。

以下は、ある学術会のために書いたものです。


エレノアとの出会い

私は2003年8月から1年間、アメリカ・カルフォルニア州・サンフランシスコにある、精神障害者の入所施設でインターン・ドラマセラピストとして勤務していた。そこで出会った高齢の女性患者エレノアとの個人セッションを例に、彼女と私、アートとドラマの出会いとその発展を逐語的に紹介したい。

 エレノアは私が初めて担当したクライエントである。鬱病は高齢者に多く見られる症状の一つであるが、手足が硬直して自由に動かないエレノアは、身体が不自由になるにつれ深い悲しみと怒りの中で過ごすようになっていた。さらに彼女は家族に見捨てられたと感じ、自分は何の価値もない人間だと思っていた。

 車椅子に座ったままの彼女は、ただスケッチブックとマーカーを与えられて、何時間も一人で座っていた。エレノアは若いときアーティストだったそうだ。彼女が実際にどんな絵を描いていたのか、その時私は知らなかったが、手足がいうことを利かなくなってしまった彼女が描く絵を、私は大好きだった。

 

アートからドラマへ

 エレノアの個人セラピーを担当することになり、私は週に一回一時間の個人ドラマセラピーセッションと週に一回のグループドラマセラピーを約一年間続けることになった。初回セッションでは、エレノアの希望通り画集を用意したが、冷たく堅くなってしまった彼女の大きな手はページをめくることができない。
そこで私が画集を開くと、エレノアは「次!」「次!」と命令口調でページをめくらせた。しばらくするうちに、エレノアはその状況が面白かったのか、ページをめくったそばから「次!」を連発し、それにしたがっている私を見て、にやっと笑い出した。これが私たちの「ドラマ」の始まりである。
その日から私はエレノアの手足という役割をドラマの中で担ったのだと思う。

 こうやって、エレノアとのセッションはたくさんの画集の中から始まった。
ある日彼女は、自分と同じユダヤ系アメリカ人女性の風景画集を見ながら、
「何故こんな絵を持ってきたのか!」と私に怒りをぶつけだした。
「私は、こんな絵、もう、二度と、描けないのに、なんで、こんな絵を、見せるのか!」言葉がうまく出てこないエレノアが、一言一言、泣きながら叫んだ。
そのとき私は、エレノアがこの画集のような絵を以前描いていたのだと発見した。

 アメリカにおけるドラマセラピーの第一人者レネ・エムナーは
「実際の感情や行動をドラマ化することは、そしてそれがとりわけ誇張されて表現されたときには、自己受容と認識、カタルシス的な解放と、遊び心やユーモアにあふれた環境を生み出し、自分自身の行動を客観的に見つめる能力を育てる」(Emunah, 1994)と説明している。
「ドラマ化した感情」とは言えないかもしれないが、すでに「ドラマ」が始まっていた個人セッションの中で、
私はエレノアが普段以上に気持ちを引き出せる空間を提供できたのではないかと考えている。
私は、エレノアが思い切り嘆き悲しみ、怒りをぶつけることができたとき、心に余裕ができ笑顔になるということに気付いた。これは彼女が身につけていた心のリズムであり、私はセッションの中でこのリズムに合わせるようになった。

 笑顔になったとき、エレノアはたくさんの馬が描かれた絵に注目した。
「馬に乗ったことがない。でも、今、乗りたい」
彼女は私がドラマのセラピストであることを知っていたので、私が何でも演じてくれると考えたのだろう。
私に馬役をするように言ってきた。「もっと、早く、走れ、走れ!」私は彼女の車椅子の周りを馬のように「ヒヒーン」と言いながら走り回り、「飼い主」の役になったエレノアと即興でシーンを作り上げた。
画集をめくるように命令するのと同じ形で、エレノアは私を馬に仕立て上げ、好きなように命令を下すことで、自分の欲求を通すことができる機会を手に入れたのだろう。
さらに、身体的に限界のあるエレノアが、自由に動かせる相手を得たことにより、少しではあるが自信を回復させたように私には感じられた。

 同時に、エレノアは物質的に限界のある紙一枚の世界から、彼女の世界を広げることを必要としていたのだろうと思う。
アートセラピーで描かれる作品は、セラピストとの言語的な交流により発展していくのだが、彼女は常に一人で絵を描き、嘆き、そして絵を再び描くという繰り返しであった。
エレノアにとって、絵を描くことはある意味想像の世界の終着点のようなものだったが、私が関わることになり、絵が彼女の想像の世界を広げる出発点になったのではないだろうか。 (次回に続く)

 

 


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