私たちは、何があっても傷つかない

ドラマセラピーを学び始めた時、
よくこんな単語に出会った。
Vulnerability
傷つきやすさ、繊細さ、もろさ。
そんな意味を持つ。

そしてそれは私たちが、傷つかないように頑張っている
戦って生きているその裏にある、
私たちの繊細な面だというイメージがあり、
傷ついていいんだよ、その姿を見せていいんだよ、、、と
セラピーでは教えられていた気がする。

その言葉の美しい響きの中で、
もともと戦いながら生きていた、とっても勝気できの強かった私は、
実は傷ついていた自分を優しく見つめることの重要性に気づかせてもらった。
セラピーを学び、自分にもセラピーができたことで、
戦ってばかりだった私は、ある程度は穏やかに、そして気長になれるようになった。

だから私たちは、仕事の中で、
この傷を優しくいたわることをしている。

のに。
それなのにね、

 

なんと、奇跡のコースでは、
私たちは絶対に傷つかないのだという。
そしてその言葉は、このvulnerabilityの反対語 invulnerability!!!!

傷つかないの????
私たちって、絶対に傷つかないの??????

私が、特に娘に対して、申し訳なかったと思ったり、
あの子を傷つけてしまったらどうしようと悩む中で、
けいこさんから、
基本的なことをすぐ忘れちゃうよねと言われたことがある。

あのね、娘さんは絶対に傷つかないの。
って。

それが魂の本来の姿だし、
娘の真実の姿。
そこに目を向けること。

だってやっぱりこれもエゴが見せてくる世界なんだもの。

こんなことして、こんなこと言ったら、娘が傷つくかも?
とか、
余計な心配をして、先回りをして守りたくなったりするのも、
全部、エゴの見せてくれる世界の中のストーリー。

私が忘れちゃいけないのは、
誰も傷つかないこと。
私たちは神の子として、完璧な存在であること。

でも私は、いちいち傷ついたり悲しんだりしている
弱い存在として自分を見ている。

頭にきたり、悔しかったりするのも、
結局傷ついていたんだもの!!ってところに戻ってしまうし。

そうやって私たちは、すぐにエゴのドラマに入り込む。
(ところで、エゴの見せてくれるドラマをドラマセラピストとしてどうにかできないかと
今思案中、ってこれもエゴの世界になっちゃうのかな!?)

でも、私たちは傷つかない。
エゴのドラマは幻想で、「本当には起きていない」わけで、
その真実が見えてくると、
確かに傷つく必要も無くなってしまう。

私たちはぐっすりと夢の中でこの世界を見ているので、
この世界のストーリの影響を受けてしまうけれど、
でも本当はそうではないと知ることに、
きっと奇跡はあるんだろうな、と思う。

 

今日もお読みくださりありがとうございました。。

 

 

 


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